まじめ過ぎるとうつ病になる?ロボット博士から学ぶ「非まじめ」!

ハイドン

本当に久しぶりに、この本を読みました。

「非まじめ」のすすめ』(森 政弘著・講談社文庫)です。

本の奥付は、昭和59年2月15日とあります。当時はベストセラーだったと記憶しています。

一般的に、まじめで几帳面な人が、うつ病になりやすいといいます。

うつの症状が出て自分で自分をうつ病だと診断している方、

まじめで几帳面の正確の方には、是非読んでいただきたい本です。

今読み返しても、凄く面白い内容です。

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まじめ・不まじめ・非まじめ の三兄弟

えー、先ずはじめに、この本の「はじめに」の一文をご紹介します。

まじめ不まじめ非まじめについて書かれているんです。

数十年に出版された本ですが、現代の私たちにもあてはまると思います。

文明も爛熟期をむかえた今日、われわれはすべての面で生きづまったかに見えだした。教育、経済、新製品開発、人口、食料、エネルギー、行政・・・・・など、どの道においても予期しなかった難問をかかえこんでしまっている。ここで考えなければならない点は、かつては、事柄がうまく運ばない原因は、関係者のまじめさの不足、つまり不まじめにあった。だが、今日の行きづまりの原因は不まじめにあるというよりも、むしろ逆に、低次元のまじめさによってもたらされたのではないかということである。

不まじめはもちろん困る。かといってまじめにも問題があるということで、ここに進退窮まれりである。それはそれで仕方がないとして、中途半端な態度で進むというのも一法だろうが、そういった態度からは自信などわいてこない。自信のないところから、充実した人生や良い社会が生まれてくるわけがない。何とかしてこの窮地を抜け出し、自信をもって進むことができる姿勢はないものだろうか。窮地を脱するための方法は次元を上げることである。

(中略)(次元を上げる考え方を)まじめ不まじめとに応用してみた発想が「非まじめ」なのである。まじめでも駄目、不まじめでも駄目なのだから、一次元追加して非まじめを導入し、それによって解決を得ようというわけである。

私は、けっして不まじめにこの本を書いたのではない。現代の行きづまりを何とか越えられないかという、あがきの結果が本書である。ぐうたらの不まじめでもなく、頭から湯気を立てるまじめでもなく、ピンチに際してもゆうゆうとして、透徹した眼力と冷静な頭脳をもって解を求める姿勢、それが非まじめである。

われわれは今、窓ガラスにぶち当たって遮二無二もがいているハエのようなものではなかろうか。不まじめなハエはガラス窓を見ようともしない。まじめなハエは頑張りさえすればガラスを通過できるとしか思っていない。では非まじめなハエならどうするか。――透明なガラスと空気との違いを見極め、押してもだめなら引いてみなの態度で一歩退く。そうすれば本当にあいているガラス窓のすき間を発見でき、そこから外へ出られるのである。

長い引用となりましたが、これがこの本のキモです。この後に書かれているのは、

具体的な「非まじめ」が書かれています。

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ハイドンの「非まじめ」 さよなら交響曲

ハイドン肖像画

この話、とってもいい話なんです。

ハイドンがいた時代のオーケストラというのは、王侯貴族に抱えられている

お抱えの楽団で、もちろんCDとかレコードもない時代です。

ナマ演奏しかないので、楽団員は忙しく、こき使われて休む暇がありませんでした。

疲れていても休むわけにもいかず、大変な思いをしていました。

時代が時代だっただけに、労使交渉もストライキもありません。

そんな状況を知っているハイドンは一計を案じ、おもしろい曲を作曲しようと、

取り組みます。その曲をパトロン(エステルハージ公爵)の前で演奏することになりました。

できあがった曲は、ハイドン交響曲第45番 「告別」 第4楽章。別名は、さよなら交響曲。

この楽曲は、休みがなかなか取れない楽団員のために作られた楽曲です。

オーケストラなので、何十人かで演奏するのですが、

この曲は自分が弾くパートがすむと一人ずつ立ち上がって、観客に頭を下げて、

出ていってしまうのです。一人一人が演奏するパートに工夫がされていて、

曲の前半だけでパートが終わる人、中盤でパートが終わる人、というようになっていて、

曲の途中で団員が、どんどん出ていってしまう曲なのです。

普通は自分のパートが終わっても、メンバーは最後まで自分の席に

座っているものなのですが。

エステルハージ公爵は、オーケストラの団員が一人二人と丁寧に頭を下げて、

出ていってしまうのを見て、ふっと思い当たることがありました。

楽団員に休暇を与えていなかったことを。

それでオーケストラに休暇を出したという話です。

ハイドンが考えた、この方法は大成功、すごいですね。

この話は、まじめでもなく、不まじめでもなく、非まじめのすばらしいアイデア

であると思います。

こういう解決の仕方は、心暖まるすばらしいアイデアといえないだろうか。いがみあいもなく、笑ってすませることができて、実にスマートである。それが昔のまじめ発想だと、パトロンに丸抱えされているのだから文句をいうな、一生懸命音楽だけをやっておればいい、というようなことになる。あるいは別の意味の正義感を燃やして、いや、公爵といえどもけしからん・・・・・・とやる。問題は変にこじれて休暇どころではなくなってくる。

youtubeで検索したら、この楽曲の動画がありました。

youtubeの動画は、コチラ⇒ ハイドン交響曲第45番 「告別」 第4楽章

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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